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2月26日(木)

綿矢りさ『蹴りたい背中』を買う

前にも書いたが、朝日新聞が出している「小説トリッパー」という雑誌があって、去年の夏季号でその、新人文学賞の選評が載せられている。その選考で最終まで残っているのが当時15歳の山田ましほ。選考委員の高橋源一郎氏がーー平然と、陳腐かつ子供っぽい表現が並び、読むに耐えないーーとのーー感想をもちながら、同時に、「子供っぽい」の一言では片づけられないなにかが、作者が書きちらした言葉の向こうにあることを感じた。この作者の感受性は、ある時代以降に生まれた独特のものだ。ーーちょっと恣意的な引用になるが、そんなふうに評している。読んでみたいと思ったが、最終的に受賞ということにならなければ、活字になるはずもなく、思い適わずにいる。
その、トリッパーの冬号の特集が、「100パーセントの純愛小説」。地下鉄で外での仕事の行き帰りに読んでいたが雑誌なのでカバーもなく恥ずかし。そこで、仲俣暁生氏がーー最近読んだ小説の中で、このような現代的な人間関係としての「恋愛」を扱っているように思えたーーと評している2冊のうち1冊が、綿矢りさ 『蹴りたい背中』。このような、というは、近代以降男性同士のみの関係を表すものであった「友情」という理念に対し、「恋愛」を「特殊な友情」であると定義することによって、女性を社会的に位置づけようということらしい。
余談だが、同じ号に片山恭一氏が「なぜ恋愛小説を書くのか」という論を寄せている。この人なら世界の真ん中でも愛を叫んでしまうだろう。圧巻である。一生ついてきますぜぇと思わせる。ベストセラーらしいのである。でも、僕は、タイトルに気押されて、その本は手に取らなかった。臆病なのである。100パーセント純愛より恥ずかしい。多分『蹴りたい背中』は、内容にちょっと触れて、読んでみたい気になったのと、理由は同じなのだ。
そのうちに、芥川賞の受賞作が今年も発表になった。史上最年少と、女性二人の受賞になんかすごい盛り上がりである。芥川賞で読んだのはぁ、村上龍『限りなく透明に近いブルー』と、池澤夏樹『スティルライフ』。村上龍はその後、おおハマリで、トパーズくらいまで、単行本全部買った。いちばん好きなのは、『走れタカハシ』だったりするのが、なんとも。『69』もこの間、文庫で出ていたのを立ち再読して、泣きそうになっていたので、結局少年少女ものやら、青春ものが好きなのかもしれない。池澤夏樹さんは、併録されていた、なんだっけ、私はカモメってやつ。の方が気に入った。あれも、少女の成長物語だったような。演劇にしたい話だった。演劇にしたいといえば、高橋源一郎氏の『さようならギャングたち』も。夢は夢のまま。
話ずれた。
本屋に行ったのは、史上最年少の芥川賞作品を買うためだった。名駅の地下、雑誌がメインの割と大きい本屋。当然平積みと思っていたら、そもそも文芸書のコーナーに平積みのスペースが無いではないか。信じれん。うーん、あきらめるかと思いながら、背表紙をなめまわしていたら『蹴りたい背中』の文字。あ、これ。と、手に取ったら、何のことはない。探していた芥川賞作品とは、綿矢りさ著『蹴りたい背中』であったのだったのだった。おぉ、いろいろつながった。

今日は、去年の夏、陳腐であると一蹴された15歳の少女の小説に興味を覚えた僕が、年が明けて、文壇に認められた同じく10代の感性に出会うまでの話でした。
それも、今日で読了。読書感想文は次号を待て!!

ナビ・ロフトは、劇団わがままキッドナッパーの仕込みしてます。明日、ゲネ見せてもらうからねぇ。